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東京地方裁判所 平成9年(ワ)16675号 判決 1999年5月13日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

梅澤幸二郎

鈴木一徳

被告

東京都

右代表者知事

石原慎太郎

右指定代理人

平野善彦

外三名

被告

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

加藤裕

加藤準二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  本件請求

原告は、オウム真理教信者乙山次郎に対する電磁的公正証書原本不実記録同供用被疑事件について原告の住居で実施された捜索差押えに関し、警視庁北沢警察署所属の司法警察職員による捜索差押令状の請求、東京簡易裁判所裁判官による同令状の発付及び同署所属の司法警察職員による同令状を執行してなした前記捜索差押えは違法であり、更に、右捜索差押えをなした同署所属の司法警察職員は原告が電話をかけるのを妨害したとし、これらは国及び東京都の公務員による故意又は過失に基づく違法な職務の執行であり、原告はこれにより、プライバシーを侵害される等して、精神的苦痛を被ったと主張して、司法警察職員の職務執行につき被告東京都に対し、裁判官の職務執行につき被告国に対し、ぞれぞれ国家賠償法一条一項に基づいて、慰謝料として、各自一〇〇万円及び右捜索差押えの日である平成八年一〇月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び確実な書証によって明らかに認められる事実

1  警視庁北沢警察署(北沢署という。)所属の司法警察職員は、平成八年一〇月一八日、東京簡易裁判所裁判官に対し、被疑者を乙山次郎(乙山という。)、被疑罪名を電磁的公正証書原本不実記録同供用として、東京都世田谷区松原<番地略>△△コーポ二一号の原告の住居(原告宅という。)について捜索差押許可状の発付を請求し、右請求を受けた同裁判所裁判官は、同日、同趣旨の捜索差押許可状(本件令状という。)を発付した。

2  北沢署所属の司法警察職員(北沢署署員という。)らは、平成八年一〇月二二日、原告宅を捜索し、別紙第二目録記載の各物件(本件押収品という。)を含む一七件一九八点の物件を差し押さえた(本件捜索差押えという)。

(甲第三号証)

3  本件押収品は、原告に還付された。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点一

本件令状請求は違法か、否か。

(一) 原告の主張

(1) 原告は本件令状請求に係る被疑事実の被疑者ではないし、原告は乙山と面識はなく、本件捜索差押えを受けるまで右被疑事実を知らなかったのであり、同被疑事実と原告との間には関連性がない。

被告東京都は、乙山の被疑事実について、オウム真理教が組織的に敢行したものであって、オウム真理教信者らが右被疑事実に関与している疑いがあると主張するが、オウム真理教が虚偽の住民異動届を提出することを組織的に敢行することはありえないから、原告がオウム真理教の信者であることをもって、原告と前記被疑事実との関連性があるとはいえない。

また、本件令状請求に際し、差し押さえるべき物として掲げられた物のうち、原告所有のパソコン、その通信機器及び外部記録媒体並びにパソコン等の取扱説明書等の印刷物及びメモは前記被疑事実と関連性がなく、手帳、日記帳等は、乙山が所有するもの以外は右被疑事実と関連性がない。

したがって、本件令状請求は、その理由及び必要性がないものであり、本件令状請求をした北沢署署員は、その理由及び必要性がないことを知りながらこれをしたものであって、本件令状請求は違法である。仮に、右警察官が、本件令状請求の理由及び必要性がないことを知らなかったとしても、同人は適切に証拠を評価して関連性のない第三者宅を捜索して第三者の所有に属する物を差し押さえることがないように、令状請求をするか否かを慎重に判断する義務があるにもかかわらず、この義務を怠り、不確実な資料に基づいて本件令状請求をしたものであり、本件令状請求は違法である。

(2) 本件令状請求は、前記被疑事実の捜査を目的としたものではなく、専らオウム真理教の信者に対する弾圧及びオウム真理教に関する情報収集の目的でされたものである。すなわち、乙山は右被疑事実について起訴されていないのみならず、一度も取調べを受けておらず、警察は右被疑事実を軽微な事件としてとらえ、最初から事件として立件するつもりがなく、特別手配されていたオウム真理教信者の発見検挙の目的で原告宅を捜索するためにこれを利用したにすぎないのである。他のオウム真理教信者及び元信者についても、虚偽の住民異動届の提出が電磁的公正証書原本不実記録同供用の罪に当たるとして、捜索差押えを実施しているが、これらについても、当該被疑事実にかかる被疑者及び当該被疑者以外のオウム真理教信者や元信者は、取調べを受けたことはほとんどない。

(二) 被告東京都の主張

(1) 北沢署署員らは、平成八年九月中旬ころ、殺人被疑事件等で特別手配されているオウム真理教信者(特別手配犯という。)の検挙に向け、同署管内のオウム真理教関連施設である通称オウム世田谷道場(世田谷道場という。)並びに東京都世田谷区赤堤<番地略>所在のアパート××コーポ5(本件アパートという。)一〇六号室及び二〇六号室に居住している旨の届を出しているオウム真理教信者の居住実態に関する捜査を行った。その結果、平成三年三月二日付けで世田谷道場に転入届を提出していた乙山が平成八年四月二三日付けで本件アパート二〇六号室に転居し、同年八月一九日付けで右場所から東京都渋谷区千駄ケ谷<番地略>Sビル(Sビルという。)三階に転出したとする住民異動届をそれぞれ提出していたことが判明した。

(2) 北沢署署員らは、平成七年三月二二日以降、世田谷道場や本件アパート一〇六号室及び二〇六号室に出入りする人物を視察するなどの捜査を行っていたが、平成八年九月中旬ころまでに、右各場所に乙山が出入りした状況は確認されていなかった上、世田谷道場が入っているビルや本件アパートの管理人及び近隣住民らに対し、乙山が同年四月から八月中旬ころまでに右各場所に出入りしたことがあるか聴取しても右出入りの事実は確認できなかった。また、同年二月から六月ころまでの間、乙山は、静岡県富士宮市所在のオウム真理教関連施設である通称富士山総本部(富士山総本部という。)や山梨県西八代郡上九一色村所在のオウム真理教関連施設(上九一色村施設という。)に出入りし、同年八月一九日以降はSビルに出入りしていることが確認されており、更に、同年四月二三日に乙山名義の住民異動届が世田谷総合支所区民課上馬出張所に提出され、右住民異動届用紙に遺留された指紋は乙山の指紋と符合した。以上の諸事実等から、北沢署所属の司法警察員(刑事課警部)中野省三(中野という。)は、乙山が、平成八年四月二三日、東京都世田谷区上馬<番地略>世田谷区総合支所区民課上馬出張所において、転居する意思がないにもかかわらず、同所備え付けの住民異動届用紙に、乙山が同日、世田谷道場から本件アパート二〇六号室に転居した旨の虚偽の住民異動届一通を作成した上、直ちにこれを前記世田谷区総合支所区民課上馬出張所の係員に提出し、情を知らない同係員をして、住民基本台帳法に基づき、磁気ディスクをもって調整された公正証書の原本たるべき電磁的記録である住民票に同人が新住所に転入した旨の記録をなさしめた上、即時同所において、これを真正なものとして住民基本台帳ファイルに備え付けさせ、公正証書の原本としての用に供したものである(本件被疑事実という。)と認めた。

(3) 中野は、オウム真理教の上層部の者が、信者らに対し、実際には居住していない場所を指定して住民票を提出するように指示している実態が認められていたこと、乙山はオウム真理教内の自治省次官の立場にあると認められていた人物であったこと、乙山は、前記のとおり富士山総本部や上九一色村施設に出入りしていたが、その出入りの際には、世田谷道場に頻繁に出入りしているオウム真理教自治省所属の信者運転の車両に同乗していたこと、乙山名義の住民異動届が提出された当日である平成八年四月二三日、乙山は、上九一色村施設を出て、警視庁世田谷警察署において、新住所地を本件アパート二〇六号室として運転免許証の更新手続を行い、翌日の同月二四日、オウム真理教関連施設である亀戸道場に出入りしていたことが確認されたことなどから、本件被疑事実は、オウム真理教が組織的に敢行したものであり、その信者らが関与している疑いがあると判断し、世田谷道場に頻繁に出入りし、本件アパートや富士山総本部、上九一色村施設にも出入りしているオウム真理教信者の居宅等には、本件被疑事実の動機、目的、背景、手段方法、共犯関係等に関する証拠物が存在すると認めるに足りる状況があると認めた。

(4) 中野は、原告及び同人の妻である甲野花子(花子という。)はオウム真理教信者であって、世田谷道場に頻繁に出入りしており、世田谷道場にはオウム真理教自治省に所属する信者が多数出入りし、常駐していることが確認されていたこと、世田谷道場に出入りするオウム真理教自治省所属の信者が、富士山総本部や上九一色村所在の施設において乙山と行動をともにしていると確認されていたこと、原告及び花子は、平成八年四月一四日、世田谷道場に出入りするオウム真理教自治省所属の信者らとともに、富士山総本部で行われたセミナーに参加しており、乙山も同日、富士山総本部に出入りしていることが確認されていたこと、並びに原告宅は世田谷道場、本件アパート及び世田谷総合支所上馬出張所と近接した場所にあることから、原告の居宅に、本件被疑事実の動機、目的、背景、手段方法、共犯関係等に関する証拠物が存在すると認めるに足りる状況があると判断した。

(5) 中野は、オウム真理教やその信者らが、本件被疑事実の関係資料等を任意に提出することは期待できず、捜索差押を行わなければ右資料等が隠滅されるおそれがあることから、本件被疑事実を解明するには強制捜査を行う必要があると認め、平成八年一〇月一八日、東京簡易裁判所裁判官に対して、本件被疑事実の動機、目的、背景、手段方法、共犯関係等に関する証拠物が存在すると認めるに足りる状況があると認められる原告の居宅を含む四か所について捜索差押許可状を請求した。本件令状請求において、差し押さえるべき物として掲げたのは別紙第一目録のとおりである。

(6) 以上のとおり、本件令状請求に違法な点はない。

2  争点二

本件令状発付は違法か、否か。

(一) 原告の主張

(1) 本件令状を発付した裁判官は、本件令状請求を受けた際、原告及び差し押さえるべき物と本件被疑事件との関連性がないこと、原告宅に本件被疑事件に関し押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があるとはいえないこと、及び本件令状請求が1の(一)の(2)に掲げたとおり別件の捜査が目的であったことを知り、あるいは重大な過失により右各事実を知らずに、本件令状を発付した。よって、右令状発付は違法である。

(2) 裁判官の職務行為についての国家賠償責任に関する被告国の後記主張は是認できない。憲法一七条及び国家賠償法一条には、裁判官の職務行為について適用を制限する規定はなく、国家賠償法立法の際の国会審議の過程においても、司法権に対する適用には疑義を生じなかったことからして、裁判官の職務行為について国家賠償法の適用が制限されることはない。このように解しても、裁判官個人への求償は故意又は重過失の場合に限られるから、裁判官の独立が脅かされることにはならない。

(3) 仮に裁判官の職務行為には国家賠償法の適用が制限されるとしても、それは争訟の裁判に限られるべきである。捜索差押許可状の発付は、対審構造をとる裁判とは異なり、権利又は法律関係の終局的確定を目的とせず、行政的性質を有しているものであるから、国家賠償法の適用に当たっては、これを行政行為と同視すべきである。

(二) 被告国の主張

裁判官の職務行為について、国家賠償法一条一項にいう違法な職務行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、裁判官がした行為に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するだけでは足りず、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とするのであり、これは争訟の裁判に限らず、広く裁判官の職務行為一般に妥当するものであり、捜索差押許可状の発付にも当てはまる。

本件捜索差押許可状の発付には何らの瑕疵もなく、前記特別の事情もないのであるから、国に国家賠償法上の責任はない。

3  争点三

本件捜索差押え中に、捜索官が、原告が電話をかけようとするのを妨害した事実があるか、否か。

(一) 原告の主張

本件捜索差押えが開始されて約三〇分が経過したころ、原告が電話の受話器を取り、世田谷道場に電話をかけようとしたところ、捜索差押えを行っていた捜査官の一人が受話器のフックを手で押してこれを妨害した。原告が再度電話をかけようとしたところ、前記捜査官が電話機のコードを引き抜いて電話をかけられないようにした上、「だめだっていうのが分かんねえのか。」と原告を威圧し、別の捜査官は、原告から受話器を取り上げようとした。これにより、原告は、電話をかけることを諦めざるを得なかった。

(二) 被告東京都の主張

原告の右主張は争う。

本件捜索差押えの最中に原告が電話をかけようとしたことはなく、原告が主張するような事実はなかった。

4  争点四

本件捜索差押えは、違法か、否か。

(一) 原告の主張

(1) 北沢署署員らは、本件令状について、原告と本件被疑事実との関連性がなく、差し押さえるべき物と本件被疑事実との関連性もないことを知りながら、又は重大な過失によりこれを知らずに、専らオウム真理教の信者に対する弾圧及びオウム真理教に関する情報収集の目的で本件捜索差押えをなしたものであり、いわゆる別件捜索差押えないしは目的外流用であって、本件捜索差押えは違法である。

(2) 本件押収品は、パソコン本体、フロッピーディスク、MO(光磁気ディスク)及びアドレス帳であるが、これらの物件には本件被疑事実に関する情報は存在せず、本件被疑事実との間の関連性はない。

捜索現場に存在したフロッピーディスクを包括的に差し押さえるには、当該フロッピーディスクの中に証拠たりうるものが存在することが明らかであることが必要であり、その場合にも明らかに証拠でないものを除く必要があるが、本件差押えについてはこの要件が満たされていない。

これらの点からも、本件差押えは違法である。

(二) 被告東京都の主張

1の(二)に掲げたとおり、本件令状請求に違法はなく、北沢署警部補宮坂俊之らは、平成八年一〇月二二日午前八時過ぎころから、原告宅において、原告及び同人の妻に対して本件令状を示した上で捜索を行い、同令状記載の差し押さえるべき物に該当すると認められるパソコン本体等一七件一九八点を差し押さえたのであり、本件捜索差押えに違法はない。

5  争点五

原告に生じた損害の有無及びその額。

(一) 原告の主張

原告は、本件捜索差押えによって自己のプライバシーを侵害され、差し押さえられたパソコンは、還付の後、その設定がいじられていて動かなくなっており、また、3の(一)に掲げたとおり本件捜索差押えの最中に電話をかけようとしたのを妨害されるなど、多大な精神的苦痛を被った。右の精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも一〇〇万円を要する。

(二) 被告国及び被告東京都の各主張

原告の右主張は争う。

三  証拠関係

証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三  争点に対する判断

一  争点一について

1  憲法三五条一項は、基本的人権として、何人も、その住居及び所持品について、逮捕される場合を除いては、正当な理由に基づいて発付され、かつ捜索する場所及び押収する物を明示する令状によらなければ、捜索及び押収を受けることのない権利を保障している。

右の「正当な理由」とは、刑事訴訟法の規定及びその解釈によれば、被疑者に対する相当な嫌疑の存在(刑事訴訟規則一五六条一項参照)、捜索すべき場所及び差し押さえるべき物と被疑事件との関連性、捜索差押えの必要性(刑事訴訟法二一八条一項)に加え、被疑者以外の第三者の住居その他の場所についての捜索差押えに関しては、捜索すべき場所に差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることが必要である(同法二二二条一項、一〇二条二項)。

そして、司法警察職員が、捜索差押令状請求時に、第三者の住居についての捜索差押令状を請求する要件が存するとした判断は、右令状請求時までに通常要求される捜索によって収集した資料に基づき、これを総合勘案して合理的な判断過程によってなされたものであることが必要であり、またそのようなものであれば右判断が違法となることはないと解される。

2  これを本件について見るに、前記第二の一の事実に乙第一ないし第四号証、第六号証、証人中野省三の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を併せれば、以下の事実が認められる。

(一) 北沢署は、いわゆる地下鉄サリン事件が発生した平成七年三月二〇日の直後である同月二二日から、同署管内に存在する世田谷道場、及びオウム真理教信者が居住し「信徒寮」と呼ばれていた本件アパートに対する二四時間体制の視察警戒を実施していた。

(二) 北沢署は、オウム真理教信者の特別手配犯が、他人の名前をかたったり、他人の名義で借りているアパートに潜伏しているとの情報を得ていたので、平成八年九月ころ、世田谷道場や本件アパートにも右のような被疑者が存在しないかを明らかにするため、契約名義人と実際に居住している住民とが同一かどうかの実態把握捜査を行った。その結果、オウム真理教の信者である乙山が、同年四月二三日、世田谷道場の所在地である東京都世田谷区赤堤<番地略>から、本件アパート二〇六号室に同月一五日に住所を移したとの住民異動届(本件住民異動届という。)を世田谷区長宛に提出していたことが判明し、更に、同人の本籍地に照会するなどの捜査を行ったところ、戸籍附票の謄本及び住民票謄本により、同人が同年八月一九日本件アパート二〇六号室から渋谷区千駄ケ谷所在のSビル三階に転出した旨の届をしていることが判明した。

(三) 乙山については、北沢署による前記の視察警戒及び本件アパートの管理人や一階の居住者に対する捜査によっても、同アパートへの出入りを確認することができなかった。また、世田谷総合支所区民課上馬出張所から、本件住民異動届の原本の任意提出を受け、これに遺留された指紋と同人の指紋と対照したところ、これが一致した。更に、捜査の結果、乙山はオウム真理教の出家信者で、その自治省次官の地位にあったこと、同人は、平成八年二月ころから六月ころには、ほとんど富士山総本部や上九一色村施設に出入りしていたこと、乙山が同年八月一九日に住所を移転した先であるSビルの三階及び四階にはオウム真理教の広報部が存在することが確認された。以上の事情から、中野は、乙山が、同年四月二三日当時、世田谷道場から本件アパート二〇六号室に住所を移した事実はなく、また住所を移す意思もなかったのに、虚偽の住民異動届を提出したものであり、同人が電磁的公正証書原本不実記載、同供用の罪を犯した疑いがあると判断した。

(四) 前記のとおり、中野は、乙山がオウム真理教自治省次官の地位にあること及びオウム真理教信者の特別手配犯が他人の名前をかたったり、他人名義で借りているアパートに潜伏しているとの情報を把握するとともに、本件アパートにおいて、乙山のほかに二人程度、同アパートに居住している事実がないのに住民登録をしているオウム真理教信者がいると認識していた。また、同年四月ころ、オウム真理教追跡捜査本部から、オウム真理教内部において、居住していない場所を住所として届出をするようにとの指示があったという情報を得ており、同月ころ本件被疑事実類似の事例が発生していること、及び乙山が同年二月ころから六月ころに富士山総本部や上九一色村施設に出入りする際、オウム真理教自治省に所属する信者の運転する車両に同乗していた事実を、警察の富士山総本部警戒員らが確認したことが判明していた。以上の諸事実より、中野は、本件被疑事実はオウム真理教が組織的に行ったものであって、乙山以外のオウム真理教信者が本件被疑事実に関与している疑いがあり、本件被疑事実の動機、目的、手段、方法及び共犯者等を解明するための証拠を更に収集する必要があると判断した。

(五) そして、捜査の結果、原告及び花子がオウム真理教の在家信者であること、同人らが、毎週土曜日及び日曜日にはほとんど世田谷道場に出入りしていたこと、世田谷道場にはオウム真理教自治省所属の信者が度々出入りしていたこと、平成八年四月一四日に富士山総本部で開かれた集会に原告及び花子が参加し、その際に世田谷道場から自治省所属の信者が運転する車に乗って富士山総本部に赴いたこと、同日、乙山も富士山総本部に出入りしていたことが確認された。以上の諸事実及び乙山がオウム自治省次官の地位にあることや、原告宅と世田谷道場及び本件アパートが距離にして四〇〇メートル以内にあることから、中野は、原告宅に本件被疑事実の動機等を明らかにする証拠物が存在すると認めるに足る状況が存在すると判断した。

(六) 以上の判断を前提に、中野は、本件被疑事実に関する捜査が行われていることが乙山やオウム真理教信者に察知されれば、証拠隠滅のおそれが大きく、任意捜査は期待できないと判断して、平成八年一〇月一八日、それまでに収集した証拠資料を提出して、東京簡易裁判所裁判官に対し、本件令状請求を行った。

3  右認定事実を前提に、本件令状請求の違法性の有無を検討する。

(一) まず、中野が、乙山に本件被疑事実に関する相当な嫌疑の存在があると判断した点については、北沢署による本件アパートの視察警戒に加え、同アパートの管理人や住民からの聞き取り捜査によっても、乙山の同アパートへの出入りを確認することができなかったこと、同人が本件住民異動届提出前後はほとんど富士山総本部等に出入りしていたことが確認されていること、本件住民異動届の原本に乙山の指紋が残っていたことといった事実に照らし、右判断は相当なものであったといえる。

(二) 次に、乙山がオウム真理教自治省次官の地位にあったこと、オウム真理教信者の特別手配犯が、他人の名前をかたったり、他人名義で借りているアパートに潜伏しているとされていたこと、オウム真理教が居住していない場所を住所として届出をするよう信者らに指示しているとの情報がオウム真理教追跡捜査本部から得られており、本件被疑事実に類似する事例が発生していることも確認されていたこと等から、中野が、本件被疑事実はオウム真理教が組織的に行ったものであり、乙山以外のオウム真理教信者が関与している疑いがあるとして、本件被疑事実の動機、目的、背景、手段方法、共犯関係等につき捜査を行う必要性があると判断したことは合理的であると認められる。

原告は、オウム真理教が組織的に虚偽の住民届を提出することを敢行することはあり得ないと主張するが、前記各事実からすれば、本件令状請求の段階で、中野が、オウム真理教が組織的に虚偽の住民届を提出することがあり得ると判断したことが不当とはいえず、原告の右主張は採用することができない。

(三) 更に、(二)に掲げた各事実に加え、原告及び花子がオウム真理教の在家信者であること、毎週土曜日、日曜日には殆ど世田谷道場に出入りしていたこと、世田谷道場にはオウム真理教自治省所属の信者が出入りし、かつ常駐していたこと、平成八年四月一四日に富士山総本部で開催された集会に、原告及び花子が自治省所属の信者の運転する車に乗って参加し、乙山も同日富士山総本部に出入りしていたこと、そして、原告宅と世田谷道場、本件アパートとが距離的に近接していた事実を中野において認識していたことに照らせば、原告と乙山との間に何らかの関係があり、原告宅に、本件被疑事実の動機や目的、背景、共犯関係等に関する証拠物が存在すると認めるに足りる状況があるとの中野の前記判断は相当といえる。

原告は、同人は乙山と面識はなく、話をしたこともないし、本件被疑事実と原告及び原告宅との関連性はないと主張する。しかし、未だ任意の捜査しか行っていない段階においては、捜査機関が全ての事実を明らかにすることができないのは当然であり、それ故に憲法や刑事訴訟法は、捜査機関に対し、一定の要件を満たした場合には捜索差押え等の強制捜査を行うための令状を請求することを許容しているのであるから、本件被疑事実に関して、捜索差押えその他の捜査を行った結果として、仮に原告の右主張が真実であることが判明したとしても、それだけでは直ちに本件令状請求が違法となるものではない。令状請求の適法性は本件令状請求時の事情から判断されるべきであり、前記各事実からすれば、中野が任意捜査の結果に基づいてした前記判断は相当であったといえる。

(四) 原告は、本件令状請求に際し、差し押さえるべき物として掲げられた物のうち、パソコン、通信機器及び外部記録媒体並びにパソコン等の取扱説明書等の印刷物及びメモは本件被疑事実と関連性がないと主張する。しかし、前記のとおり原告と乙山との間に一定の関係があると考えられる状況においては、原告宅に存在するパソコンあるいはフロッピーディスク等外部記録媒体に本件被疑事実に関連する情報が記録されている可能性があるから、これらの物件が被疑事実と関連性がないとはいえず、通信機器やパソコン等の取扱説明書等の印刷物及びメモも、右パソコンや外部記録媒体に記録されている情報を読み出す際に必要となる物件であり、右パソコン等に付随して本件被疑事実と関連性を肯認することができる。また、原告は、手帳や日記帳等は、乙山の物以外は本件被疑事実と関連性がないとも主張するが、原告と乙山との間に一定の関係があると考えられる状況下では、乙山の手帳や日記帳でなくとも、原告宅に存在する手帳等には、本件被疑事実の共犯関係等を明らかにする記載が存在する可能性があり、やはり本件被疑事実との関連性があるといえる。よって、原告の右各主張はいずれも採用することができない。

(五)  以上の認定事実及び判断によれば、本件令状請求時において、令状請求までに通常要求される捜査がなされていたといえるし、その捜査によって収集した資料に基づき、中野が、被疑者乙山に対する本件被疑事実の存在、捜索差押えの必要性、捜索すべき場所である原告宅及び差し押さえるべき物と被疑事実との関連性並びに原告宅に差し押さえるべき物の存在を認めるに足る状況が存在すると判断したことは合理的であったといえる。

原告は、乙山は本件被疑事実について取調べも受けておらず、本件令状請求は、本件被疑事実の捜査を目的としたものではなく、専らオウム真理教の信者に対する弾圧及びオウム真理教に関する情報収集の目的でなされたものであると主張するが、証人中野省三の証言によれば、本件被疑事実に関し乙山に対する任意の取調べが一回行われていることが認められるし、他に本件令状請求が原告の主張するような目的でなされたことを示す証拠は存在せず、原告の右主張は採用することができない。

また、甲第四号証の一、二によれば、平成八年四月四日、世田谷道場の賃借人であった株式会社オウムと同建物の賃貸人との間で、株式会社オウムが同年九月末日限り同建物を明け渡すことを内容とする裁判上の和解が成立していたことが認められ、証人中野省三の証言によれば、同人は右和解の存在を認識していたと認められるが、このような和解の存在によって直ちに本件住民異動届の提出が違法でなくなるとはいえず、犯罪の成否を判断するには更に捜査を行う必要があり、中野が右の事実を認識していたことにより、捜索差押えの必要性があると判断したことが違法不当となるものではない。

4  よって、争点一に関する原告の主張は理由がない。

二  争点二について

1  原告は、本件令状発付は、その要件を欠いているにもかかわらず、裁判官が故意又は過失によりこれをしたものであり、違法であると主張する。

2 しかし、裁判官がその権限の行使としてなす判断作用についてみると、その判断の対象には、裁判官によって意見の分かれうるような事実上、法律上の問題を含む可能性があり、判断をなす裁判官によってその結論が異なることが生じることは裁判制度の性質上むしろ当然といえる。したがって、裁判官がその権限の行使としてした判断に関して、後に上級審や他の裁判官によりこれと異なる判断がなされたとしても、当該裁判官による判断行為を直ちに国家賠償法一条一項の適用上違法であるということはできないのであって、これが右の意味で違法となるのは、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。

原告は、右見解が争訟の裁判においては妥当するとしても、捜索差押許可状の発付は、対審構造をとる裁判とは異なり、権利又は法律関係の終局的確定を目的としない行政的性質を有するから、行政行為と同視すべきであり、また、令状発付の裁判について、前記のような特段の事情を立証するのは困難であるから、右見解は妥当しない旨主張する。しかし、捜索差押許可状請求に対する判断も、裁判官がその権限の行使として、憲法及び法律のみに拘束され、その良心に従い独立して、事実の認定をした上、これに法律を適用するという判断をするという点では争訟の裁判と異なるところはないのであって、前記の裁判制度の性質に鑑みれば、前記のような特段の事情のない限り違法とはならないと解すべきである。捜索差押許可状の発付をもって、行政行為と同視すべきとの原告の主張は失当であって、採用の限りではない。

3 これを本件令状の発付についてみるに、原告は、本件令状を発付した裁判官がその付与された権限の趣旨に背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情の存在を主張せず、本件において右の特別の事情の存在を認むべき証拠は何もない。

よって、本件令状の発付に違法の廉があるとは認められない。原告の争点二に関する主張は理由がない。

三  争点三について

原告は、本件捜索差押えの最中に、原告が世田谷道場に電話をかけようとしたところ、警察官がこれを妨害したと主張し、その本人尋問において右主張にそう供述をし、同旨が記載された甲第一号証(陳述書)を提出する。

すなわち、原告は、甲第一号証及び原告本人尋問において、原告が、電話をかけるのを妨害された際、どこに電話をしてもいいであろう、なぜ電話をかけるのが駄目なのか、法律では電話をしてよいはずだという趣旨のことを、通常よりも大きな声で警察官に対して抗弁し、再度電話をかけようとしたところ、警察官が大声を出し、「駄目だって言うのがわかんねえのか。」とやくざまがいの言い方で威圧したと述べている。

ところで、甲第二号証、証人中野省三の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告宅の間取は、玄関を入って三畳程度の台所、その奥に四畳半の和室、更に六畳の和室となっていたこと、電話は六畳の和室と四畳半の和室の境近くのいずれかの部屋にあったこと、各部屋の間には襖などの仕切りがあったが、本件捜索差押え時には開け放たれており、玄関から六畳間までが見通せる状況であったこと、花子は本件捜索差押えに際し、台所と四畳半の和室の立会をしていたことが認められる。したがって、本件捜索差押え中に、原告が供述するようなやり取りがあったというのであれば、原告宅の右のような状況及び本件捜索差押時の状況下においては、花子も当然に原告や警察官の右各発言を耳にしたと考えるのが合理的である。ところが、花子は、甲第二号証(陳述書)において、本件捜索差押えの際、原告の方ではどうなっているのかあまり覚えていない旨述べているのであって、原告が本件捜索差押えをなした警察官により電話をかけることを妨害されたことを認識しておらず、原告や警察官の右のような言葉を耳にしてもいないということになる。そうすると、原告と警察官との間で、原告が供述するようなやり取りがあったとは認めがたく、原告の右供述はこれを信用することができず、ひいては、警察官により電話の発信を妨害された旨の原告の供述も信用することができない。そして、他に、本件捜索差押えをなした警察官が原告による電話の発信を妨害したことを認めるに足る証拠は存在しない。

以上より、争点三に関する原告の主張は理由がない。

四  争点四について

1  甲第一ないし第三号証、証人中野省三の証言及び原告本人尋問の結果によれば、中野らは、平成八年一〇月二二日午前八時一五分ころ、原告宅に赴き、原告及び花子に対して本件令状を提示した後、約一時間三〇分にわたって捜索を行い、本件押収品を含むパソコン本体等一七件一九八点を差し押さえ、原告に対し押収品目録交付書を交付して、本件捜索差押えを終了したこと、及び右差押物件一九八点は同月三一日に原告に還付されたことが認められる。

2  原告は、北沢署の警察官らは、本件捜索差押えに理由がなく、違法なものであることを知りながら、又は重大な過失によりこれを看過し、本件令状に基づき本件捜索差押えを行ったものであって違法であると主張する。

しかし、前記認定のとおり、本件令状請求時に、中野が、被疑者乙山に対する本件被疑事実の存在、捜索差押えの必要性、原告宅及び差し押さえるべき物と被疑事実との関連性並びに原告宅に差し押さえるべき物の存在を認めるに足る状況が存在すると判断したことは合理的であったと認められ、本件令状請求、発付の手続には違法はなく、本件捜索差押えの時点までに右各要件が喪失したと認めるに足る証拠は存在しないから、原告の右主張は採用することができない。

3  また、本件押収物が、いずれも本件令状の差し押さえるべき物の項目分けされた各類型に該当することは明らかである。

原告は、本件押収品には、本件被疑事実に関する情報はなかったはずであるとして、本件押収品と本件被疑事実の間には関連性がなく、本件差押えが違法であると主張する。しかしながら、捜索場所において捜索差押許可状により差し押さえるべき物として特定された物件が発見された場合に、その物件が当該被疑事実と関係があるか否かの判断を、捜索差押えの現場で即時にこれをなすことは困難である。特に、本件のように、当該物件が被疑事実の動機や手段方法、共犯関係等に関する証拠となる電子情報の入っている物件であるか否かの判断は、その物件の内容を閲覧検討し、他の捜査の結果とも併せて検討して初めて可能となるものである。したがって、捜索差押えの現場において、一見明白に被疑事実との関連性がないと認められる物件はこれを差し押さえることはできないが、そうとはいえず、被疑事実との関連性を内容的に検討する必要がある場合には、捜索差押えの現場で当該被疑事実との関連性があるとして差し押さえても違法とはならない。そして、前記のとおり、本件令状請求の時点で、原告と乙山との間に一定の関係があると認められる客観的事情が存在したのであり、本件において取り調べた全証拠によっても、本件捜索差押えの時点までに原告と乙山との間に関係がないと判明し、あるいは本件捜索差押えの現場たる原告宅において原告と乙山との間に一定の関係がないことが判明したとは認められないのであるから、原告の右主張は採用することができない。

原告はまた、本件差押えはフロッピーディスクを包括的に差し押さえるための要件が満たされていないのにこれを行っているから違法であるとも主張する。しかし、差し押さえようとするフロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、そのような情報が実際に記録されているか否かをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは、内容を確認することなしに右フロッピーディスク等を差し押さえることもやむを得ないと解される。前記のとおり、原告宅に存在したフロッピーディスクには本件被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められた上、証人中野省三の証言によれば、本件捜索差押えに際し、中野ら本件捜索差押えをなした警察官は、オウム真理教において、コンピュータを起動する際に、記録されている内容を瞬時にして消去するソフトウエアを開発しており、実際の差押え現場で記録が消去されたこともあるとの情報を得ていたと認められ、かかる状況下において、中野らが、本件捜索差押えの現場たる原告宅において、フロッピーディスクの内容を確認せずに差し押さえたことが違法であるとはいえない。よって、原告の右主張も採用することができない。

4  更に、原告は、本件押収物が還付された際、別紙第二目録三記載のパソコンが設定をいじられて動かなくなっていたと主張し、甲第一号証及び原告本人尋問において、右パソコンが中をいじられており、部品が壊されていて、パソコン専門店に修理を依頼した旨述べている。しかし、証人中野省三の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件押収物の還付の後、北沢署署員らに対して、還付を受けた右パソコンが壊れているとの抗議を行っていないことが認められる。また、原告本人尋問において、原告は、右パソコンの修理を依頼したというパソコン専門店に関し、どの店に出したか覚えていないと述べているが、右還付から原告本人尋問まで約二年三か月が経過しているとはいえ、捜索差押えを受け、その際押収され、後に還付されたパソコンを修理に出すという非日常的な出来事があればその記憶は簡単に薄れるとは考えにくいのであって、これらの事情に照らせば、パソコンが壊されていたとの原告の前記供述は信用することができない。

5  以上のとおりであって、他に本件令状に基づく本件捜索差押えが違法であることを認めるに足る証拠はない。

したがって、争点四に関する原告の主張も理由がない。

第四  結論

以上の認定及び判断の結果によると、原告の本訴請求は、争点五について判断するまでもなく、いずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉等 裁判官中山孝雄 裁判官水野正則)

別紙第一目録<省略>

別紙第二目録<省略>

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